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コラム
2009-08-24
麻布十番祭りに想う事。。
麻布十番祭りに想う事。。
その扉を開いたのは、
1987年の新緑が薫る皐月の微風が
初夏の香りを漂わし始めた
ある日の夕方だったと想う。
場所は、東京の大塚。
JR駅から程近いビルのオーナーが営む
小さなバーボン・バー。
広さ三坪程。
スタンディングでキャシュ・オン・デリバリー・スタイルの
バーボン専門店。
扉を開いた瞬間に
自分が将来やりたい事、
やりたい店のイメージがハッキリ解ったような気がした。
以前に、このブログで
「バーテンダーになったキッカケ。。。」
と、云う題名で自分の17歳の頃の
1981年の夏の体験を照会した事がある。
※ヤフーブログの参照アドレス
http://blogs.yahoo.co.jp/bar34237577/56235215.html
※ミクシーブログの参照アドレス
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1029679587&owner_id=1908397
その後、自分は高校を卒業して飲食の道に進みましたが、
漠然とした道を迷いながら進んでいたと想います。
そして、1987年の初夏、
その扉を開いて、確信が持てたのかも知れません。
自分の進むべき道がハッキリと解ると、
今ままでと同じ事をしていても
苦痛に思う事も無く、遣り通す事が出来たのです。
それから十数年後の
1998年の夏、Bar.は開店しました。
Bar.の常連のお客様でも知っている方は少ないかも知れませんが、
Bar.のフードメニューに
゛1987年の夏、あの頃の自分は、メーカーズマークにピスタチオが定番でした。゛
と、記されているのをご存知だろうか。
この一節には、そんな、自分の
1987年の想いが込められていたのです。
そう、そして、その1987年に開いた扉の向こうに立っていたのが、
あの人です。
その人に、自分は色々なバーボンを教わりました。
その人に、自分は色々なバーの世界を知らされました。
その人に、自分は゛立体四目並べ゛を教わりました。
(現在Bar.で立体四目並べを自分とした人は多いはず)
そして、
その人に、自分は麻布十番祭りを知らされました。
初めて訪れた麻布十番祭り。
今、想うと、1987年頃の麻布十番祭りのほのぼのとした事。。。。。
時は流れて、
20世紀も終わろうという頃に
麻布十番祭りのイベントを口実に、
Bar.では盛大に呑んだり、ハメをはずして夜中まで飲み明かしたり、
出店を出して盛り上がったりした事もありました。
そして、
麻布十番に地下鉄の駅が出来ると、
芋洗い坂の客足は減り、
六本木ヒルズの誕生とともに、
麻布十番祭りは、
息も出来ぬほどの鮨詰め状態の人が押し寄せたのです。
今では、なるべく人混みを避けて通るようにしていますが、
昨日、Bar.の仕入れの為、
夕刻に店に立ち寄り、
久しぶりに麻布十番祭りに一人で出向きました。
知人のお店を覗き、よなよなエールを一杯ひっかけ、
※参照アドレス知人のブラにーストーン・コミュニティー
http://mixi.jp/view_community.pl?id=306859
その後、
アバンティーの出店を覗きに行きました。
※参照アドレス、アバンティー
http://www.tfm.co.jp/podcasts/avanti/
アバンティーは、
知っている方は、ご存知の通り、
東京FMで放送されている架空のバー。
実は、一年に一度だけ、
麻布十番祭りの日に
アバンティーという名で出店を出すのです。
そして、ここの店長が実は、
1987年に扉の向こうに立っていたあの人なのです。
彼は、その当時、大塚のバーボン・バーの店長でした。
今は、その店も無くなり、
その跡地は、焼き肉屋サンになっています。
彼は、現在、飲食の世界には、居ませんが、
一年に一度、麻布十番祭りの日に
アバンティーに現れます。
昨日は、彼はキッチンに篭もり切りだった為、
会えませんでしたが、
ふと、帰り道に
20年以上前の記憶が蘇えってきました。
8月の最後のイベント
麻布十番祭りが終わると
秋の足音がします。
まだ、暑い日が続きますが、
朝夕の風の香りが変わった事や
虫の音が聞えるのもこの頃です。
街は変わっていっても毎年、変わらない物もあるんですね。
(Bar.も変わらず営業中)
その扉を開いたのは、
1987年の新緑が薫る皐月の微風が
初夏の香りを漂わし始めた
ある日の夕方だったと想う。
場所は、東京の大塚。
JR駅から程近いビルのオーナーが営む
小さなバーボン・バー。
広さ三坪程。
スタンディングでキャシュ・オン・デリバリー・スタイルの
バーボン専門店。
扉を開いた瞬間に
自分が将来やりたい事、
やりたい店のイメージがハッキリ解ったような気がした。
以前に、このブログで
「バーテンダーになったキッカケ。。。」
と、云う題名で自分の17歳の頃の
1981年の夏の体験を照会した事がある。
※ヤフーブログの参照アドレス
http://blogs.yahoo.co.jp/bar34237577/56235215.html
※ミクシーブログの参照アドレス
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1029679587&owner_id=1908397
その後、自分は高校を卒業して飲食の道に進みましたが、
漠然とした道を迷いながら進んでいたと想います。
そして、1987年の初夏、
その扉を開いて、確信が持てたのかも知れません。
自分の進むべき道がハッキリと解ると、
今ままでと同じ事をしていても
苦痛に思う事も無く、遣り通す事が出来たのです。
それから十数年後の
1998年の夏、Bar.は開店しました。
Bar.の常連のお客様でも知っている方は少ないかも知れませんが、
Bar.のフードメニューに
゛1987年の夏、あの頃の自分は、メーカーズマークにピスタチオが定番でした。゛
と、記されているのをご存知だろうか。
この一節には、そんな、自分の
1987年の想いが込められていたのです。
そう、そして、その1987年に開いた扉の向こうに立っていたのが、
あの人です。
その人に、自分は色々なバーボンを教わりました。
その人に、自分は色々なバーの世界を知らされました。
その人に、自分は゛立体四目並べ゛を教わりました。
(現在Bar.で立体四目並べを自分とした人は多いはず)
そして、
その人に、自分は麻布十番祭りを知らされました。
初めて訪れた麻布十番祭り。
今、想うと、1987年頃の麻布十番祭りのほのぼのとした事。。。。。
時は流れて、
20世紀も終わろうという頃に
麻布十番祭りのイベントを口実に、
Bar.では盛大に呑んだり、ハメをはずして夜中まで飲み明かしたり、
出店を出して盛り上がったりした事もありました。
そして、
麻布十番に地下鉄の駅が出来ると、
芋洗い坂の客足は減り、
六本木ヒルズの誕生とともに、
麻布十番祭りは、
息も出来ぬほどの鮨詰め状態の人が押し寄せたのです。
今では、なるべく人混みを避けて通るようにしていますが、
昨日、Bar.の仕入れの為、
夕刻に店に立ち寄り、
久しぶりに麻布十番祭りに一人で出向きました。
知人のお店を覗き、よなよなエールを一杯ひっかけ、
※参照アドレス知人のブラにーストーン・コミュニティー
http://mixi.jp/view_community.pl?id=306859
その後、
アバンティーの出店を覗きに行きました。
※参照アドレス、アバンティー
http://www.tfm.co.jp/podcasts/avanti/
アバンティーは、
知っている方は、ご存知の通り、
東京FMで放送されている架空のバー。
実は、一年に一度だけ、
麻布十番祭りの日に
アバンティーという名で出店を出すのです。
そして、ここの店長が実は、
1987年に扉の向こうに立っていたあの人なのです。
彼は、その当時、大塚のバーボン・バーの店長でした。
今は、その店も無くなり、
その跡地は、焼き肉屋サンになっています。
彼は、現在、飲食の世界には、居ませんが、
一年に一度、麻布十番祭りの日に
アバンティーに現れます。
昨日は、彼はキッチンに篭もり切りだった為、
会えませんでしたが、
ふと、帰り道に
20年以上前の記憶が蘇えってきました。
8月の最後のイベント
麻布十番祭りが終わると
秋の足音がします。
まだ、暑い日が続きますが、
朝夕の風の香りが変わった事や
虫の音が聞えるのもこの頃です。
街は変わっていっても毎年、変わらない物もあるんですね。
(Bar.も変わらず営業中)
by 木本 伸二
