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コラム
2013-02-22
バーテンダーになったキッカケ「カクテルブック」〜「マルガリータ」
バーテンダーになったキッカケ「カクテルブック」~「マルガリータ」
私が生まれて初めて手にしたカクテルブックが、ここにあります。
「すてきな夜にはカクテール」
その書籍の初版は1970年刊行。
カクテールという表現も今となっては、古めかしい。
文中のイタリアンベルモットとかフレンチベルモット
という表現も今はしない。
処方も現代版より古いレシピが多く記載されている。
そして、カクテルの写真。
何とも言えぬ、タップリの人工着色料による原色のカクテール達。
今、流行のフルーツカクテルは存在しません。
でも、今時のカクテルブックには無い、
夢の世界への扉を感じさせます。
私、個人のノスタルジックな感覚のせいでしょうか?
17歳だった私にとっては、幻想の世界の扉だった。
(以下、その当時の出来事の参照ブログ・アドレス)
バーテンダーになったキッカケ。。。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1029679587&owner_id=1908397
バーテンダーになったキッカケ。。。
http://blogs.yahoo.co.jp/bar34237577/56235215.html
ちなみに、「すてきな夜にはカクテール」には、
マルガリータが記載されていません。
マルガリータの発祥は、諸説ありますが、
1940年代には完成されていたと思われますが、
戦前からバーテンダーをしていた
「すてきな夜にはカクテール」の著者からしてみると
1970年の日本ではテキーラ自体が
メジャーな、お酒では無かったのかも知れません。
1980年代頃に私が
戦前からバーテンダーをしている先輩に聞いた話では
「テキーラを使用したカクテルの味が斬新に感じた」とおしゃってました。
私の知る限り、1980年代には、
テキーラサンライズやマルガリータは、何処の酒場にもあり、
どのカクテルブックにも記載されていました。
ここにマルガリータに関する昔の新聞の記事の切抜きがありますので
画像をアップしときます。
また、別のマルガリータ発祥説で、
ここに私が20歳代の時に綴った
「マルガリータ」に関する原稿があります。
以下、参照文章
MARGARITA
亡き恋人の名を付けたカクテル。
英語名マーガレット、スペイン名マルガリータ。
悲劇は1926年、ネバダ州バージニアシティーの近くで、
狩りの流れ弾に、よるものだった。
ロスアンジェルスの「テール・オ・コック」という店の
バーテンダー「ジャン・デュレッサー」氏の創案である。
1949年、ナショナル・カクテル・コンテストで3位入賞
(ちなみに、その時の1位は現在では不明)した、マルガリータ・カクテル。
当時のジャン・デュレッサー氏の処方は
テキーラ45ml
ライム・ジュース30ml
レモン・ジュース30ml
ホワイト・キュラソー 7ml ブレンダー
ソルト・スノースタイルのシャンパン・グラス
かなり酸味がある。現在はもっとソフトな処方が一般的。
もう一人、マルガリータらしきものを造っていた人がいたという説がある。
1936年、ホテル「ガレシ・グレスポ」の
マネージャーのダニエル・ネゲルテ氏が
ガールフレンド「マルガリータ」の為に造ったという。
彼女は、何を飲むのにもソルト・スノースタイルで飲んでいたという。
更にもう一説、そう、1992年5 月15日、世界中の酒場でマルガリータが飲まれた。
その日の新聞が、ある男の死を告げたからだろうか。
新聞によると、男の名はカルロス・エレラ氏。
1992年5 月11日、 カルフォルニア州にて、90年の生涯に終わりを告げた。
彼は、メキシコ市に生まれ、1940年代、
米国とメキシコの国境近くのティワナという街で酒場を経営した。
そして、その当時、「テキーラしか体質に合わないが、ストレートで飲めない」
というショーガールの為に、マルガリータを創案したという。
十数年前の伝説の数々、今夜、貴方のグラスに注がれた中には、
どんなカクテル・ストーリーが流れるのでしょう。
私が生まれて初めて手にしたカクテルブックが、ここにあります。
「すてきな夜にはカクテール」
その書籍の初版は1970年刊行。
カクテールという表現も今となっては、古めかしい。
文中のイタリアンベルモットとかフレンチベルモット
という表現も今はしない。
処方も現代版より古いレシピが多く記載されている。
そして、カクテルの写真。
何とも言えぬ、タップリの人工着色料による原色のカクテール達。
今、流行のフルーツカクテルは存在しません。
でも、今時のカクテルブックには無い、
夢の世界への扉を感じさせます。
私、個人のノスタルジックな感覚のせいでしょうか?
17歳だった私にとっては、幻想の世界の扉だった。
(以下、その当時の出来事の参照ブログ・アドレス)
バーテンダーになったキッカケ。。。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1029679587&owner_id=1908397
バーテンダーになったキッカケ。。。
http://blogs.yahoo.co.jp/bar34237577/56235215.html
ちなみに、「すてきな夜にはカクテール」には、
マルガリータが記載されていません。
マルガリータの発祥は、諸説ありますが、
1940年代には完成されていたと思われますが、
戦前からバーテンダーをしていた
「すてきな夜にはカクテール」の著者からしてみると
1970年の日本ではテキーラ自体が
メジャーな、お酒では無かったのかも知れません。
1980年代頃に私が
戦前からバーテンダーをしている先輩に聞いた話では
「テキーラを使用したカクテルの味が斬新に感じた」とおしゃってました。
私の知る限り、1980年代には、
テキーラサンライズやマルガリータは、何処の酒場にもあり、
どのカクテルブックにも記載されていました。
ここにマルガリータに関する昔の新聞の記事の切抜きがありますので
画像をアップしときます。
また、別のマルガリータ発祥説で、
ここに私が20歳代の時に綴った
「マルガリータ」に関する原稿があります。
以下、参照文章
MARGARITA
亡き恋人の名を付けたカクテル。
英語名マーガレット、スペイン名マルガリータ。
悲劇は1926年、ネバダ州バージニアシティーの近くで、
狩りの流れ弾に、よるものだった。
ロスアンジェルスの「テール・オ・コック」という店の
バーテンダー「ジャン・デュレッサー」氏の創案である。
1949年、ナショナル・カクテル・コンテストで3位入賞
(ちなみに、その時の1位は現在では不明)した、マルガリータ・カクテル。
当時のジャン・デュレッサー氏の処方は
テキーラ45ml
ライム・ジュース30ml
レモン・ジュース30ml
ホワイト・キュラソー 7ml ブレンダー
ソルト・スノースタイルのシャンパン・グラス
かなり酸味がある。現在はもっとソフトな処方が一般的。
もう一人、マルガリータらしきものを造っていた人がいたという説がある。
1936年、ホテル「ガレシ・グレスポ」の
マネージャーのダニエル・ネゲルテ氏が
ガールフレンド「マルガリータ」の為に造ったという。
彼女は、何を飲むのにもソルト・スノースタイルで飲んでいたという。
更にもう一説、そう、1992年5 月15日、世界中の酒場でマルガリータが飲まれた。
その日の新聞が、ある男の死を告げたからだろうか。
新聞によると、男の名はカルロス・エレラ氏。
1992年5 月11日、 カルフォルニア州にて、90年の生涯に終わりを告げた。
彼は、メキシコ市に生まれ、1940年代、
米国とメキシコの国境近くのティワナという街で酒場を経営した。
そして、その当時、「テキーラしか体質に合わないが、ストレートで飲めない」
というショーガールの為に、マルガリータを創案したという。
十数年前の伝説の数々、今夜、貴方のグラスに注がれた中には、
どんなカクテル・ストーリーが流れるのでしょう。


by 木本 伸二
