Bar.
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コラム

2008-12-22

バーテンダーになったキッカケ。。。

煙草を買う為の年齢証明のタスポを造ろうと想ったのですが、
知っての通りの不精で未だにタスポを造っていない。

先日、近所のタバコ屋で煙草を一つ買ったら
大昔の看板娘だったかも知れないが、
90歳は超えていそうなおばあさんが、
煙草一つにオマケの箱入りマッチをくれた。
そういえば、確かに昔は必ずくれたよなぁ。
(一枚目写真中央の青いマッチ箱)

何となく、人との触れ合いを感じて、
こんな時代だからこそ、
機械を相手にするよりも
いいかもなぁ~・・なんて。
だから未だに自分はタスポを造っていない。



二枚目の写真の猫のマッチ箱。
つぶれた古い方のマッチ箱は、
1981年の夏に自分が持っていた物です。

当時、自分はよくある地方のホテルの住み込みのバイトをしていました。
夜中に真っ暗な山道を一時間近く歩いたりして
喫茶スナックみたいな店に飲みに行っていたものです。
(未成年者の飲酒は違法行為です・・厳禁)

そこで、初めて飲んだゴールデンフィズという飲み物の味に
感激した覚えがあります。

今まで、よくある居酒屋のサワーやフィズを飲んでも
美味しいと想ったことは無かったのです。

せいぜいビールかジンライムが定番。
家ではウイスキーコークを飲んでいた時代でした。

試しに、今まで飲んだ事のあるフィズを
その喫茶スナックで飲んでみると旨い事、旨い事。

後に解るのですが、
その店は、よくある出来合いのものを割るだけの
甘ったるいだけではなく、
ちゃんとフルーツを絞り、
基本に忠実に本格的に造っていたという事なのでしょう。

今にしてみると、それが原体験といってもイイかも知れません。
その後、何となく、カクテルの世界に憧れ、
カクテル本を眺めたりして、
飲食の道に入りました。

ぼんやりとしたイメージを段々固めていった
20歳代へと繋がったのでしょう。


そして、
1998年、夏にBar.をオープンした時に、
お客さんに聞かれた事がありました。
「何でバーテンダーになったの?」
自分は、先程の話をしながら
マッチの事を想い出し、
その場で喫茶スナックに電話してみました。

やっていたんですよね。

いつか行ってみたい。。。
そう想い、
2003年の秋、
22年ぶりに一杯のゴールデンフィズを飲むためだけに
電車とバスを乗り継ぎ、数時間かけて行ってきました。

その街は、
数年前に出来たバイパスの性で観光客が減り、
人影も無く、寂れた感じになっていました。
喫茶スナックのご主人は2~3年程前に亡くなられたそうです。
お店は、もうアルコール類は一切出さず、
喫茶メニューのみになっていました。

多分、自分が最初に飲んだゴールデンフィズを造ったのは
この店のご主人の息子さんらしい事が解りました。
その息子さんも今は、農家務め。
お店は女将さんが一人でやっています。

お店の中には、数年前の酒は残っていたのですが、
お酒は出してくれません。

自分はココアを飲みながら
息子さん宛てに手紙を書き始めました。
・・とっ、その時、
夕方の時間にも関わらず、
全くの偶然にその息子さんが帰ってきたのです。

結局、ゴールデンフィズは飲めませんでしたが、
その息子さんも喜んでくれました。

帰りにその店のマッチを持って帰ったのですが、
全く昔と変わらないものでした。
(当時とは局番が違うのに当時のまま)

その翌日、
自分は今までと同じようにBar.を開店させカウンターに立ちました。
何か暖かいものを得たような・・
この店をやっている事の幸せ感なのか、
とにかく続けて行く事の喜びを少し感じました。

by 木本 伸二