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コラム
2023-05-24
Bar.通信『扉〜ピスタチオとメーカーズマークと私』
Bar.通信『扉~ピスタチオとメーカーズマークと私』
3月にブログアップしたBar.の詳細メニューの中で
『1987年の夏、あの頃の私は、メーカーズマークにピスタチオが定番でした』
という品書きがあります。
『あれって、どういう意味なの?』という問い合わせがいくつかありました。
今宵、お贈りする物語りは『扉~ピスタチオとメーカーズマークと私』
あれは36年前の事です。
1987年の5月。
新緑の微風が香り始めた、ある日の夕方だったと思います。
場所は、JRの大塚駅から程近い小さなバー。広さ三坪程。
スタンディングでキャシュ・オン・デリバリー・スタイルのバーボン専門店。
店の名前はアバクロンビー。
扉を開いた瞬間に自分が将来やりたい事、やりたい店の
イメージがハッキリ解ったような気がしました。
それまでの私は、何となく、お酒やカクテルの世界に憧れていましたが、
何をどうしたら良いのかも知らず、
自分が、どうしたいのかさえも解らずにいました。
とにかく、私は漠然と飲食の世界に手探りで入っていった気がします。
18歳の頃の私は、高校は休んでも、アルバイトの喫茶店は、休まずに行き、
コーヒーを淹れたり、ジンライムを作ったり、見よう見まねで焼きうどんを作ったりしていました。
そして、飲食の世界で、何をやりたくて、どんな道を進んでイイのかも解らないまま、
六本木のレストラン『ニコラス』に就職しました。
ホール・スタッフや調理スタッフとして働き、時間に追われる毎日の生活は、
不安や焦りを感じながら、自分の将来像や、今やるべき事が何かも
考えられない日々だったと思います。
ニコラスでは、貴重な時間を過ごさせてもらい、
今でも交流のある大切な先輩達にも巡りあう事が出来ました。
でも、私は、何物になる事も出来ないまま、ニコラスを3年足らずで退社してしまいました。
その後、渋谷のブリックと云うバーで調理スタッフとして、働き始めた私は、
初めて、バーという世界が有る事を知ったのです。
バーに関する本を読んだり、色々なバーを飲み歩きながら巡りあったのが、
JR大塚駅近くにあったバーボン専門店アバクロンビーだったのです。
当店Bar.で四目並べのゲームをしたことのある人もいると思います。
この四目並べを教えてくれたのもアバクロンビーのマスターでした。
1987年の初夏、私は毎晩のようにアバクロンビーで、
ピスタチオをつまみながらメーカーズマークを飲んでいたのです。
私が初めて、バーテンダーとして、職に就くのは、その歳の秋の事でした。
東京都港区六本木5の9の14第七ビレッチビル1階奥 電話03-3423-7577 Bar. 亭主木本伸二
午後18:30~翌午前2:30(L.0.2:00)日祝休み 現金払いのみ。
お奨め動画以下、ユーチューブのアドレスです。
http://www.youtube.com/watch?v=jQVokH2P6fw
フェイスブックのアドレス(shinji kimoto で検索)
https://www.facebook.com/teishu.bar
Instagram
bar_roppongi5_9_14
3月にブログアップしたBar.の詳細メニューの中で
『1987年の夏、あの頃の私は、メーカーズマークにピスタチオが定番でした』
という品書きがあります。
『あれって、どういう意味なの?』という問い合わせがいくつかありました。
今宵、お贈りする物語りは『扉~ピスタチオとメーカーズマークと私』
あれは36年前の事です。
1987年の5月。
新緑の微風が香り始めた、ある日の夕方だったと思います。
場所は、JRの大塚駅から程近い小さなバー。広さ三坪程。
スタンディングでキャシュ・オン・デリバリー・スタイルのバーボン専門店。
店の名前はアバクロンビー。
扉を開いた瞬間に自分が将来やりたい事、やりたい店の
イメージがハッキリ解ったような気がしました。
それまでの私は、何となく、お酒やカクテルの世界に憧れていましたが、
何をどうしたら良いのかも知らず、
自分が、どうしたいのかさえも解らずにいました。
とにかく、私は漠然と飲食の世界に手探りで入っていった気がします。
18歳の頃の私は、高校は休んでも、アルバイトの喫茶店は、休まずに行き、
コーヒーを淹れたり、ジンライムを作ったり、見よう見まねで焼きうどんを作ったりしていました。
そして、飲食の世界で、何をやりたくて、どんな道を進んでイイのかも解らないまま、
六本木のレストラン『ニコラス』に就職しました。
ホール・スタッフや調理スタッフとして働き、時間に追われる毎日の生活は、
不安や焦りを感じながら、自分の将来像や、今やるべき事が何かも
考えられない日々だったと思います。
ニコラスでは、貴重な時間を過ごさせてもらい、
今でも交流のある大切な先輩達にも巡りあう事が出来ました。
でも、私は、何物になる事も出来ないまま、ニコラスを3年足らずで退社してしまいました。
その後、渋谷のブリックと云うバーで調理スタッフとして、働き始めた私は、
初めて、バーという世界が有る事を知ったのです。
バーに関する本を読んだり、色々なバーを飲み歩きながら巡りあったのが、
JR大塚駅近くにあったバーボン専門店アバクロンビーだったのです。
当店Bar.で四目並べのゲームをしたことのある人もいると思います。
この四目並べを教えてくれたのもアバクロンビーのマスターでした。
1987年の初夏、私は毎晩のようにアバクロンビーで、
ピスタチオをつまみながらメーカーズマークを飲んでいたのです。
私が初めて、バーテンダーとして、職に就くのは、その歳の秋の事でした。
東京都港区六本木5の9の14第七ビレッチビル1階奥 電話03-3423-7577 Bar. 亭主木本伸二
午後18:30~翌午前2:30(L.0.2:00)日祝休み 現金払いのみ。
お奨め動画以下、ユーチューブのアドレスです。
http://www.youtube.com/watch?v=jQVokH2P6fw
フェイスブックのアドレス(shinji kimoto で検索)
https://www.facebook.com/teishu.bar
bar_roppongi5_9_14
by 木本 伸二
